大判例

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京都地方裁判所 昭和39年(ワ)449号 判決

原告

隻林寺

右代表者

西野秀映

右訴訟代理人

北川敏夫

北川邦男

右訴訟復代理人

酒見哲郎

被告

本願寺

右代表者

大谷光暢

右訴訟代理人

守屋美孝

主文

被告は、原告に対し、別紙目録第一記載の土地について、京都地方法務局昭和三九年三月二三日受付第八、五〇五号、同年二月二六日付有償譲渡を原因とし被告を取得者とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告、その一を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人等は、「被告は、原告に対し、別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)について、京都地方法務局昭和三九年三月二三日受付第八、五〇五号、同年二月二六日付有償譲渡を原因として被告を取得者とする所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

一、本件土地は、もと京都市東山区下河原鷲尾町五二七番雑種地一反七畝一歩と称し、国有地として京都市円山公園に編入されていたが、明治年間に、原告の境内地に編入された。

旧宗教法人令による宗教法人(以下旧法人という。)たる原告は、昭和二三年四月二〇日、大蔵大臣に対し、「社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律(昭和二二年法律第五三号)」に則り、本件土地の譲与を申請し、昭和二六年三月三一日付で国(大蔵省)から無償譲与を受け、同年七月二七日、所有権移転登記を経由した。

その後、原告は昭和二八年一一月二七日、宗教法人法附則第五項に基いて同法による宗教法人(以下新法人という。)となり、旧法人の権利を包括承継し、本件土地所有権を取得した。

二、ところが、本件土地について、京都地方法務局昭和三九年三月二三日受付第八、五〇五号、同年二月二六日付有償譲渡を原因として被告を取得者とする所有権移転登記(以下本件登記という。)が存在している。

よつて、原告は、被告に対し、本件土地所有権に基き本件登記の各抹消登記手続を求めるため本訴に及んだ。

三、(一)被告主張事実第二項(一)を認める。

(二)同項(二)は否認する。

(三)同項(三)のうち、被告主張各日時に、原告・訴外真宗大谷派大谷別院(以下大谷別院という。)間に、本件公正証書が作成されたこと、被告が大谷別院を吸収合併したことは認めるが、その余は否認する。

すなわち、本件公正証書は、原告が寺院大修理のため大谷別院から金借し、その見返りに本件土地を大谷別院に使用貸することを定めたものである。

(四)同項(四)、(五)は否認する。

四、仮に被告が善意の相手方にあたるとしても、被告は、最大最高の宗教法人であり、被告代表者および本件調停成立の調停期日に出頭した被告代理人は、宗教法人法に精通している筈であるから、原告代表役員森山イトが法所定手続を履践していないことを、被告代表者、被告代理人が知らなかつたとすれば、被告代表者、被告代理人は、その知らないことにつき、重大な過失があるというべきである。従つて、原告は、被告に対し、本件調停の無効を対抗することができる。

五、仮に本件公正証書による合意が本件土地売買を定めたものであるとしても、右合意は、原告主管者岩崎勇道と大谷別院との間の通謀による虚偽の意思表示であるから、無効である。

六、仮にそうでないとしても、右意思表示は、大谷別院が右岩崎勇道を欺いてさせたものであるから、無効である。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張請求原因事実第一、二項は認める。

二、しかし、被告は、原告から、左記のとおり、本件土地所有権を取得したから、本件登記は、有効である。

(一)  原告より被告に対する京都簡易裁判所昭和三八年(ユ)第三八六号土地明渡請求調停事件において、同三九年二月五日、原告、被告間に別紙調停条項記載の合意が成立し、その旨調書に記載されて本件調停が成立した。

そこで、被告は、右条項第一項に基き、代金二〇〇万円を供託し、同年三月二三日、本件登記を経由した。

(二)  原告代表者森山イトは、不動産の処分行為については、宗教法人法第二三条、所轄庁の認証を受けた「宗教法人隻林寺規則(以下本件規則という。)」第二〇条により、法類総代および組寺総代の同意を得て、包括団体天台宗代表役員の承認を受け、かつ該処分行為の少くとも一月前に、信者その他の利害関係人に対し、右行為の要旨を示してその旨を公告をする手続(以下法所定手続という。)を履践したうえ、本件土地処分行為たる本件調停を成立させたのである。

(三)1  仮に右森山イトが法所定手続を履践していないとしても、本件調停は、昭和二七年四月八日作成の別紙貸金並びに土地使用貸借契約公正証書(本件公正証書)による合意を基本とし、ただその履行条件について譲歩がされたにすぎず、しかも右合意については、先に旧法人たる原告主管者岩崎勇道において、旧宗教法人令第一一条に則り、原告信徒総代の同意を得、かつ所属宗派天台宗主管者の承認を受けているから(以下令所定手続という。)、調停成立にあたつては、あらためて法所定手続を履践する必要がなかつたのである。大谷別院は、昭和二七年四月八日、旧法人たる原告主管者岩崎勇道から、本件公正証書による合意に基き、本件土地を代金六〇万円で買受け、当時、右代金を支払つている。被告は、昭和二八年二月二八日、大谷別院を吸収合併してその権利を包括承継した。

2  仮に右合意が売買でないとしても、これは、法律上の障碍の消滅、関係官庁等の許可により本件土地所有権の移転が可能となることを停止条件とする本件土地所有権譲渡契約であると解すべきである(本件公正証書第一三条)。

しかも、右合意については、令所定手続を履践する以外になんら法律上の障碍がなく、その他官庁等の許可を必要としなかつたのであるから、前記のとおり令所定手続が履践されている以上、右合意は、民法第一三一条第一項前段の適用または類推適用によつて無条件にその効力を生じ、本件土地所有権は、即時、原告より大谷別院に移転している。仮にそうでないとしても、本件公正証書の第一三条は、第一四条とあいまつて、大谷別院が代金六〇万円で本件土地を買受ける旨の申込をすれば、原告がこれを承諾すべき債務を負うことを定める本件土地売買の片務予約を規定したものと解すべきである。

そこで右予約上の権利を承諾した被告は、本件調停において、原告に対し、右申込の意思表示をなし、本件土地売買の本契約を成立させた。

4  仮りにそうでないとしても、被告は、令所定手続の履践された本件公正調書第七条にもとずき、本件調停成立の日までに、本件土地に、土塀を設け、被告寺院の信徒の墓碑を建立し、本件土地を被告寺院の境内地にした。

(四)  仮に右主張が認められないとしても、本件調停は、原告代表役員森山イトから法所定手続を履践した旨の報告に基いて成立したものであるから、被告は、宗教法人法第二四条但書にいう善意の相手方に該当するので、原告は、被告に対し、本件調停の無効をもつて対抗することができない。

(五)  仮に右主張が認められないとしても、右調停手続は、その成立に至るまで二年余の長期間を費し、しかも右手続中において、原告は、本件公正証書による合意が本件土地売買であることを前提に、金三〇〇万円ないし金五〇〇万円の追加代金の支払を要求していた位であるから、予め本件調停の成立にそなえて法所定手続を履践しておくべきであつた。

従つて、原告が法所定手続を履践していないとすれば、これは原告の故意・懈怠によるものであるから、原告が、本件調停成立ののちになつて、自己の責に帰すべき右手続上の瑕疵を理由に本件調停の無効を主張することは信義則に反して許されない。

以上のとおり、本件登記は、物権変動に合致するものとして、有効であるから、原告の本訴請求は失当である。

三、原告主張事実第四ないし第六項は否認する。

証拠<省略>

理由

原告主張請求原因事実第一、二項は、当事者間に争いがない。そこで、被告主張の各抗弁の当否について検討する。被告主張事実第二項(一)、は当事者間に争いがない。

被告は、原告代表役員森山イトが本調停につき法所定手続を履践した旨主張するけれども、<証拠>によつては未だこれを認めるに足らず、他に右事実を認めうる証拠はない。

つぎに、被告は、本件公正証書による合意が、本件土地の売買契約、または、停止条件付所有権移転契約、または売買の片務予約を定めたものであり、かつこれについて令所定手続を履践した旨主張するけれども、<証拠>は採用しえず、他に右事実を認めうる証拠はない。

ところで、宗教法人法第二四条によれば、宗教法人の境内地たる不動産について、同法第二三条(およびこれをうけた本件規則第二〇条)の規定に違反してした行為、すなわち法所定手続を履践せずにした行為は、無効である。これに対し、境内地でない不動産について、同法第二三条の規定に違反してした行為は、無効とならないと解するのが相当である。

そこで、本件土地が、本件調停当時、原告寺院の境内地に属していたか否かについて考えてみる。

まず、本件土地が、明治年間に原告寺院の境内地となつたことは、前記認定のとおりである。

また、被告がその主張日時に大谷別院を吸収合併してその権利を包括承継したことは、当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、旧法人たる原告は、昭和二七年四月八日、大谷別院との間に、本件公正証書により、大谷別院より原告に対し、金六〇万円を貸与し、原告より大谷別院に対し、右貸金弁済まで本件土地を使用貸し、かつ本件土地使用を大谷別院の自由に委せる旨合意したこと、原告主管者岩崎勇道は、右合意につき、予め、信徒総代三名の同意を得、かつ所属宗派天台宗主管者の承認を受けたこと、被告は、昭和二九年一月一六日、本件土地に別紙平面図表示のとおり高さ約二・五米の瓦葺土塀を新築し、その後、多額の費用をかけて、右図面赤斜線表示部分を除く本件土地部分を整備し、ここにあつた原告所有の石碑を撤去したり、ここに被告信徒の墓碑を建立するなどして、遅くとも本件調停成立の日までに、これを被告の境内地に模様替したこと、原告は、昭和三四年二月一三日、本件土地の地目を、従前の雑種地から境内地に変更する旨表示変更登記をなし、次いで同年四月八日、前記本件土地使用状況の変更に応じ、本件土地を右図面赤斜線表示部分と残余に分割し、前者を別紙目録第一、後者を同第二とする分筆登記をしたことが認められ、<証拠>中右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、別紙目録第二記載の土地(以下本件土地第二という。)は、先に令所定手続を履践して被告の境内地に模様替され、本件調停成立当時には、原告の境内地に属さなくなつていたこと、しかし別紙目録第一記載の土地(以下本件土地第一という。)は、依然として、原告の境内地に属していたことが明らかである。

従つて、本件調停は、本件土地第二については有効であるが、本件土地第一に関する限り宗教法人法第二四条により無効であるといわなければならない。そこで、被告主張の善意の抗弁について考えるに、<証拠>によれば、被告主張事実第二項(四)が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、宗教法人法第二三条の規定に違反している事実を知らないことにつき重大な過失がある相手方に対しては、悪意の相手方と同視し、宗教法人法第二四条所定の行為の無効を対抗しうるものと解するのが相当である。

<証拠>によれば、本件調停は、原告より被告に対する京都地方裁判所昭和三〇年(ワ)第七〇号土地明渡請求事件が職権で調停に付せられ、成立したものであること、昭和三九年一月二二日の期日に当該調停委員から原告代表役員森山イトに対し念のため法所定手続を履践するよう勧告があり、同年二月五日の期日に右森山から右手続を履践した旨の報告があつたので本件調停が成立したこと、右期日には、右森山、原告代理人弁護士杉島勇、被告代理人弁護士山下知賀夫が出頭したが、被告代表役員は出頭しなかつたことが認められ、右事実によれば、被告代理人としては、その気になりさえすれば、原告代表役員や原告代理人に対し、調停成立前に、法所定手続を履践した旨の証明書の提出を求める等の方法で(原告代表役員や原告代理人の口頭報告では足らない。)、履践の有無を極めて容易に確認しえたことが推認され、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

そうだとすれば、被告代理人としては、本件調停成立に先立ち、前記証明書の提出位は当然要求すべきであり、殊に弁護士として法令および法律事務に精通しなければならない立場にある以上、進んで法類総代や組寺総代および天台宗代表役員に問合わせる等の方法をもつて法所定手続履践の有無を調査すべき義務を負うというべきである。

しかるに、被告代理人は、右証明書の提出要求すらした形跡を窺いえないのであるから、前記事実を知らないことにつき重大な過失があつたものというべく、従つて原告は、被告に対し、前記法理により、本件土地第一に関する限り、なお本件調停の無効をもつて対抗しうることになる。

最後に、被告は、信義則違反の抗弁を主張するけれども、被告主張の事実だけでは、本件調停の無効を主張することが信義則に違反するとは認められず、被告主張の右抗弁は採用しえない。

以上要するに、本件登記は、本件土地第二に関する限りにおいて、物権変動に合致して有効であると考えられるから、原告は、本件土地第一についてのみ、本件登記の抹消登記請求権を有するわけである。

よつて、原告の被告に対する本訴請求は、右認定の限度において理由があると認めてこれを認容し、その他を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。(小西勝 石田恒良 辰巳和男)

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